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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)3936号 決定 1992年1月29日

債権者

ラメーシュ・マツール

右代理人弁護士

露木脩二

大川真郎

戸谷茂樹

債務者

学校法人関西外国語学園

右代表者理事

谷本貞人

右代理人弁護士

杉山博夫

主文

一  債務者は、債権者に対し、金二〇万円及び平成四年二月から本案の第一審、判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、一か月金一〇万円の割合による金員を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は、これを二分し、その一を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

債務者は、債権者に対し、平成三年一二月一日以降毎月二五日限り金二六万円あて仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

債務者は、学校法人で、肩書地に関西外国語大学及び同短期大学を設置している。また債権者は、インド人で、昭和四七年一〇月一日から債務者に雇用され、昭和四八年四月一日からは債務者が設置している右大学に付設する国際文化研究所の教授として、主として同研究所における研究業務に携わってきた。しかるに、債務者は、債権者に対し、昭和六二年三月三一日をもって債権者の雇用契約上の地位が終了する旨の意思表示(解雇)をしたが、債権者は、その効力を争い、大阪地方裁判所に対し、債権者の雇用契約上の地位の保全と昭和六二年四月分からの月額六四万四六〇〇円の賃金の仮払いを求める地位保全等仮処分命令の申請(昭和六二年(ヨ)第二三二号)をなし、同裁判所は、昭和六二年一一月六日、債権者の仮の地位の保全と月額四〇万円の賃金仮払いを認める仮処分決定(第一次仮処分決定)をした。

二  債権者は、第一次仮処分決定以後事情が変更したため、仮払いを受けている月額四〇万円では債権者及びその家族の生計を維持することが著しく困難になったとして、月額二六万円の割合による賃金の追加仮払いを求める本件申立てをした。

これに対し、債務者は、第一次仮処分決定が違法なもので、債権者の仮の地位は不存在であるから、被保全権利は存在せず、また賃金の追加仮払いの必要性もないと主張して、債権者の本件申立てを争う。

第三当裁判所の判断

一  被保全権利について

債務者は、第一次仮処分決定が違法なもので、債権者の仮の地位は存在しないと主張するところ、債務者は、右仮処分決定に対し、仮処分異議ないし仮処分取消の不服申立てはしておらず、第一次仮処分決定は取り消されていないので、右仮処分決定によって、雇用契約上の権利を有する地位にある状態が暫定的に形成され、現在も債権者はその法律的地位を保有しているというべきである。

従って、債務者の右主張は理由がないので、採用しない。

二  賃金仮払いの必要性について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者は、債務者から解雇時において一か月金六四万四六〇〇円の賃金の支給を受けていたこと、債権者は、現在債務者から月額四〇万円(但し、私学共済組合掛金四万円が控除されているので、手取り額は金三六万円)の仮払いを受けている以外に収入がないこと、債権者は、現在日本の社会心理学的研究というテーマで研究活動をしていること、債権者は、妻、長女(一四歳)及び長男(八歳)の四人家族であり、妻は、大学の非常勤講師として稼働し、月額一九万円程度の収入があること、債権者は、子女にインド人としての教育を受けさせるため、平成二年八月から長女をインドの国際学校に通学させ、これに月額約一一万円の費用を必要とし、また平成三年一月から長男をデリーの私立小学校に入学させたが、これによって長男の心身に与える悪影響を考慮して、平成四年一月から長男を京都にある国際学校に通学させているところ、これに月額約一三万円の費用を必要とすることの各事実が認められる。

2  そこで、仮払いを必要とする金額について検討するに、賃金仮払いの仮処分は、労働者が収入の途を断たれることによって生ずる生活の困窮を回避するために認められるものであって、解雇以前と同程度の生活を維持させることを目的とするものではないが、しかし、社会通念に照らして冗費といえるものは必要がないとしても、当該労働者の社会的地位や従前の生活程度を考慮して、その者の従前の生活が損なわれない程度の金額は、その必要性が認められるというべきである。

これを本件についてみると、債権者がインド人の研究者として、日本において家族とともに生活するにあたって、子女の教育費を除く生活関連費用として一か月約三〇万円を必要とする旨の債権者の陳述(<証拠略>)は一応相当というべきである(なお<証拠略>によると、大阪市における平成二年の四人の標準生計費が金二七万六一五〇円であり、また<証拠略>によると、平成元年における全国勤労者の四人世帯の消費支出が金三二万二一〇一円であることに照らして、右生活関連費用の金額が不当に多額とはいえない。)。また債権者がその子女にインド人としての教育を受けさせるため、国際学校に通学させて一か月合計約二四万円を支出しているが、債権者の国籍や社会的地位に照らして、これも冗費ではなく、必要な費用ということができる。さらに債権者は、現在債務者の研究機関で研究活動ができない状況にはあるが、研究者として研究活動を継続しており、これを維持するために月額五万円程度の研究費が必要というべきである。以上の費目及び金額が債権者及びその家族の生活を維持するに必要なものということができ、その合計額は、一か月金五九万円となる。

そして、債権者は、債務者から現在月額四〇万円の仮払いを受け、また妻が現在一九万円の収入を得ているので、合計すると金五九万円の収入がある計算となるが、債務者の右仮払金のうちには所得税(仮払額の一割程度)及び私学共済組合掛金も含まれていて、現に債務者は毎月の仮払額四〇万円から私学共済組合掛金として金四万円を控除しているのであって、仮払額の判断にあたって所得税や私学共済組合掛金の負担も考慮すると、現在の仮払額では、債権者の妻の収入を併せても、前記必要額に照らし月額八万円程度の不足を生ずることになる。そして、賃金の追加仮払いを認めると、それについても所得税や私学共済組合掛金がかかるので、右不足額を補うためには、右所得税や私学共済組合掛金の負担を含め、一か月金一〇万円程度の追加仮払いが必要になるというべきである。

従って、債権者の本件申立てについては、第一次仮処分決定後の事情の変更により一か月金一〇万円(所得税及び私学共済組合掛金を含む)の賃金の追加仮払いの必要性があるというべきである。

3  なお仮払いの期間については、本案の第一審において勝訴すれば、仮執行の宣言を得ることによって仮払いを求めるのと同一の目的を達することができるので、本案の第一審判決言渡し以後の部分については必要性を欠くことになり、本案の第一審判決言渡しに至るまでの限度でその必要性があることになる。

三  結論

そうすると、債権者の本件申立ては、平成三年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り一か月金一〇万円の割合による金員の仮払いを求める限度で理由があるから、事案の性質上担保を立てさせないでこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを却下することとし、申立費用の負担につき、民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大段亨)

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